音更町の沿革と概要

音更町の面積値の変更

音更町の面積値が現行の466.09平方キロメートルから466.02平方キロメートルに変更になりました。

市町村の面積値は毎年国土地理院により公表されていますが、面積値の計測方法が変更されたため、新面積値へと変わります。

位置と面積

音更町は北海道の東部、十勝平野のほぼ中央にあり、南は十勝川をへだてて帯広市および幕別町に、北は士幌町、西は鹿追町、芽室町、東は池田町に接しています。

東部の南北に走る「長流枝内(おさるしない)丘陵」を除いてはおおむね平坦で、音更川を中央に士幌川、然別川が北から南に貫流し、いずれも十勝川にそそいでいて地質もよく、各種農産物の育成に適していて、道内でも屈指の穀倉地帯となっています。全体の広さは、東西28.7km、南北32.8kmで、面積466.02平方キロメートルです(範囲東経143°02'〜143°22'北緯42°55'〜43°10')。


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気象

平成24年から平成28年では、年平均気温6.5℃、降水量年間総量875mm、平均日照時間1,997時間となっています。

昭和52年以降の最高気温は平成26年に37.8℃、最低気温は平成12年に-32.1℃が記録されています。

平成28年の気象状況

平均気温6.4℃

年間降水量1,050mm

年間日照時間1,997.7時間

日最深積雪97cm

最大風速12.5m/秒

最深積雪は、昭和45年3月の177cm、近年では平成16年2月に111cmが記録されています。夏、冬の寒暖の差は激しいですが、十勝晴れのたいへん住みよいところとなっています。

歴史

音更町の歴史は古く、安政5年(1858年)に松浦武四郎が十勝内陸を踏査した時に、既にこの地に足を踏み入れているといわれ、明治の初頭、アメリカ人のライマンが音更川沿いに踏査したとも伝えられています。

明治13年には、岩手県人大川宇八郎がこの地に定住を始めました。その後、入植者も増え、種牡馬の飼育や水稲作が行われるようになり、明治34年に音更ほか2村戸長役場が設置されました。

明治39年に2級村制が施行され、大正10年には1級村に昇格。昭和28年に町制が施行され、平成22年には開町110年を迎えました。

町名の由来

町名の音更は、アイヌ語のオトプケ(毛髪が生ずる)から転訛(てんか)したもので、音更川と然別川の支流がたくさん流れているところからついたと言われています。

産業

基幹産業は農業で、主要作物は小麦、ビート、馬鈴薯、豆類、そ菜などで、酪農も盛んです。

広大で肥沃な十勝平野のほぼ中央に位置し、農作物の育成には適しているが、冷害などに悩まされることもあります。そのため、寒冷地農業の確立をめざして、コストの低減、機械の共同化、さらには基盤整備の推進で、農業経営の近代化を進めるなど、将来に向けての基盤づくりにも積極的に取り組んでいます。

観光

雄大な十勝平野の中央を流れる十勝川のほとりに「十勝川温泉」があります。この温泉は世界でも珍しい「モール(植物性)温泉」として広く知られ、平成16年11月に北海道遺産に指定されました。町内には、家畜改良センター十勝牧場、十勝が丘展望台、直径18メートルの花時計「ハナック」、北海道立十勝エコロジーパークなどがあり、四季を通して観光客が訪れています。

また、6月から7月にかけて「花風景」ハナックと花ロード、7月にモール温泉夢ボタル鑑賞会、1月から2月には十勝川白鳥まつり「彩凛華(さいりんか)」などのイベントが行われています。

姉妹町

岩手県軽米町。岩手県の北端に位置し、面積約245平方キロ、人口約1万人。音更開拓の祖、大川宇八郎翁の出身地。昭和60年10月31日に音更町と姉妹締結。

毎年、こども姉妹町視察研修で、両町のこども同士の交流を行っています。また、毎月広報紙(別ページにリンク)で、町の出来事をお互いに紹介しています。